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関千枝子『図書館の誕生』(日本図書館協会、1986)

図書館史上に名高い日野市立図書館の実像と思想を丹念に追ったもの。
著者はジャーナリストの傍ら各地の図書館運動に携わったパワフルおばさんです。

図書館協会事務局長から日野市の図書館立ち上げ委員を経て市長になった有山、その庇護下で革新的な取組を進めた前川、また各地の図書館からリクルートされた熱い(往々にして迷惑な)好漢たちの物語。


【本文より】

◯日野の図書館がたった一台の移動図書館車ではじまったことは、今も神話のように語り継がれている。これは積極的、精神的面で、ヘタに”建物”を作ってしまうと、図書館はある、小さな市なのだ、一つあれば十分だ、になり、今までの図書館と同じになってしまうという前川の信念からだった。

◯”調査活動”の真剣さも、従来の調査の常識とまるきり違うものだった。九州のある市で―。昼の調査活動の終わったあと、宴席が設けられた。市の助役、教育長ら幹部が出席している。地方の幹部にしてみれば、中央の調査団など、そこそこに調査を終えると、一ぱい飲み、地方特産の名物料理でも食べ、旅情を楽しんで帰るもの、という常識しかない。ところがこの調査団の委員たちは、酒ものまず、そそくさと食事だけをし、一時間ほどで席を立ってしまったのだ。市の幹部たちは唖然としていた。引き上げた調査団は協力の現地の委員たちと調査結果の報告、分析、討議を深夜二時すぎまでやった。
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高山正也・平野英俊編『図書館情報資源概論』(樹村房、2012)

高山正也・平野英俊編『図書館情報資源概論』(樹村房、2012)を読む。

司書課程の教科書。

図書館資料の何たるか、資料選択とコレクション形成、無形出版物としてのネットワーク資料など興味深いトピックが目白押しです。

中でも、メディアという観点で、図書館、文書館、博物館と分担と連携について語った部分が秀逸です。


【本文より】

◯本来、図書館と文書館、博物館は一体であり、人類の経験に基づく記録資料類を集積する社会的制度であったが、記録形態、方式の多様化、進歩に伴い、それぞれに文化してきたという歴史的経緯がある。

◯文書館資料は、発生源を明らかにする〈出所原則〉と〈原秩序尊重の法則〉をもち、資料一点ごとの分類ではなく、資料群が作成された状況が再現できるように全体の編成を重視するという点も、図書館資料との大きな違いの一つである。

阿部明美ほか著『まちの図書館で調べる』(2002、柏書房)

阿部明美ほか著『まちの図書館で調べる』(2002、柏書房)を読む。

インターネット黎明期、図書館のレファレンスが活況だった頃に多摩エリアの司書さん10名がレファレンス記録を語ったもの。

往年のこども電話相談室のごとく、大いに好奇心をくすぐる質問もさることながら、司書さんたちの本に向き合う姿勢、レファ本の使い方が見事です。

漢学専攻が大漢和や漢文大系を使い、英文専攻がオックスフォードを紐解くのは当然でしょうが、知の全体系を取り扱う図書館学、レファレンス担当司書はオールジャンルで検索ができるのです。

【本文より】

◯図書館で行うレファレンスの回答は、図書館員の知識だけでこたえるのではない。さまざまな資料を活用しながら、一歩一歩回答にたどり着く。/電話での問い合わせであった。/「中国の女性"ダッキ"について書かれた漢文を見たい」とのこと。/"ダッキ""ダッキ"…聞いたことがあるような気がするが…。思い出せない。/中国の人で漢文に出てくるということなので、まずは『東洋人物レファレンス事典』を"ダッキ"で確認する。[中略]さて、ここまでわかれば『新釈漢文大系』の出番である。/この本は中国の漢文の注釈書で、解説、本文、和訓、通釈、語釈そして余説が載っていて、漢文関係のレファレンスには欠かすことのできない資料である。

◯プルーストは、その名著『失われた時を求めて』の中で、オデットという娘を"システィナ礼拝堂の壁画にあるイェテロの娘チッポラーの顔に似ている"と表現している。「どんな顔なのか、この絵を見てみたい」という質問を受けた。恥ずかしながら、図書館員でありながら、『失われた時を求めて』をまだ読んだことがない。「どこに書いてあるんですか?」とその場でお客さまといっしょに本を開いてみた。

松林正己『図書館はだれのものか 豊かなアメリカの図書館を訪ねて』(中部大学、2007)

松林正己『図書館はだれのものか 豊かなアメリカの図書館を訪ねて』(中部大学、2007)を読む。

南山大図書館、中部大図書館に勤務し、愛知学院の司書課程講師を務める著者によるアメリカの図書館の視察記録。
著者は南山大独文から図書館情報大に進み、愛知淑徳大図書館情報学専攻の博士課程を修了した本格派です。

現場しか知らない職人タイプとは違い、「知」に対する感性、想いが強く出ています。
専門職としての司書、知の体系を扱う権威ある専門職。アメリカ的プロフェッショナリズムと専門職を軽んじる日本社会への嫌悪感がにじみます。

「知識人とはマージナルな存在である」と喝破したサイードの指摘を待つまでもなく、この疎外感こそ著者がホンモノの知識人であることを示しています。

【本文より】
◯そして全学問体系の中で、この学問体系全体をあつかう学問は哲学と図書館学しかないのである。その中心的課題は知識であり、哲学は精確な知識の探究であり、図書館情報学は諸学の具体的な知としての図書館資料を体系的に整備、保管して、利用に供するのがタスクなのである。つまり哲学と図書館情報学は、コインの裏表のごとく相互を補完しあう関係にある。

◯オックスフォードで哲学を講じるルチィーアーノ・フロリディは情報哲学(Philosophy of information)を定義した延長で、図書館情報学は応用情報哲学の一つである、という解釈を提出して欧米の図書館情報学界に一石を投じた。その根拠となったのは、百科全書的体系性と視点をもつ学問は哲学と図書館情報学だけだというものである。確かに知の世界を包括的にあつかう職業は図書館の専門家、百科事典編集者、哲学者など非常に限られた職業しかない。

玉川重機『草子ブックガイド』(2011)

興味深い本好きマンガを発見。

玉川重機『草子ブックガイド』(2011)
本好きで内気な女子中学生、情熱がありながらも教科担任の仕事も抱え思うに任せぬ司書教諭、博識な古書店老店主、店主の人柄に惚れた本好き青年とキャラ立ちもしています。

歴史マンガの『センゴク』で竹中半兵衛がロウソクの明かりで兵書の山に囲まれ、静かに読みまくるシーンもなかなか来るものがありますが、こちらは全体の雰囲気で押してきます。

わりと前半のエピソードで、老店主と青年の出会い。好きな作家にまつわる本を読み尽くしてしまった青年は、たまたま旅先で出会った老店主の古書店をのぞく。「ここにもないか」とつぶやき店を立ち去ろうとした青年を呼び止める老店主。「時間はあるか?少し待っとれ」。老店主は二階スペースに作家にまつわるコーナーを組み上げる。青年にとって、すでに読んだはずの本が全く新しいつながりをもって立ち現れる。読書の広がり、知識の連環。青年は旅を中断し、老店主のもとで働き始める。

【アマゾン内容紹介】
内海草子(うつみそうこ)は本を読むのが好きで好きでたまらない中学生。いつも本を読んでいて、本の中の世界にひたっている。内気で、他人と打ち解けるのが苦手な草子にとって、古書・青永遠屋(おとわや)の店主は良き理解者。読んだ本の感想を描いた草子の「ブックガイド」が、店主を喜ばせ、さらには周囲の人々に本を読むことの素晴らしさを伝える。濃密な絵柄で、読書の魅力を最大限に表現する。
http://www.amazon.co.jp/dp/4063870448
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望月もちお

Author:望月もちお
インドア派です。
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