ミニマリストと隠者

中国の古典だと思いますが、「大隠は市中に住まう」というのがあります。


人里離れた山奥に引きこもるのはまだまだ隠者としてはレベルが低く、やかましい街中に身を置いてなお平静を保ってこその隠者。あるいは「隠者」と悟られないのがまことの隠者だとかそういうことなのでしょう。


現代のミニマリスト界隈だと、
山中派=ナリワイ、古民家
市中派=大手リーマン、(一見)社畜
といったあたりでしょうか。

社畜をしながらも己の思想を持ち続けるのが大隠、とのひねくれ。これぞ中国哲学。


目新しいのがPT、ノマド、ライフパッキング系統で、「移動し続けること」を前提にしたのは「隠者」概念にははまらない感じがします。


これを広めた白居易の理想は「中隠」。窓際族で暇すぎず忙しすぎず。都市型ミニマリストのはしりかもしれません。大原ヘンリーさんとか、必要最低限の労働とミニマムな暮らし。


「大隠は朝市に住まい、小隠は丘樊に入る。丘樊は太だ冷落、朝市は太だ囂諠。如かず中隠と作って、隠れて留司の官に在るには」


中外日報さんの2013年社説に解説がありました。元の詩とそれを踏まえた白居易の詩
http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2013/1026.html
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大原扁理『20代で隠居 週休5日の快適生活』(2015,K&Bパブリッシャーズ)

大原扁理『20代で隠居 週休5日の快適生活』(2015,K&Bパブリッシャーズ)

ミニマムライフを送る若きご隠居の暮らし。

高校卒業後、特にやりたいこともなかった著者は3年間の引きこもり生活で豊かな読書ライフを送る。そんな中、旅行記に触発されて単身バックパッカーとなりロンドンでアルバイト生活をするうちに「これでも生きていけるんじゃん」と画期的な気づきを得る。

「ちゃんとした会社→結婚→子育て」の呪縛に囚われた地元を捨て、一人上京。都心でアルバイト生活に入るも、過剰なサービス水準、労働量に耐えかね多摩の安アパートに移り生活費を圧縮。

自炊と野草採取により、月々7万円での一人暮らしを実現した著者は「隠居」を自称するに至る。
(実態は週2でアルバイトするフリーター)

生活費を減らせば、余分な労働をしなくてもいい!

この気付きは独立系ニート業界では広く知られるところです。

【本文より】
◯(自炊について)毎日やらなきゃならないのですから、できるだけ手間をかけない。心を込めない。こういうのは、とことん手抜きしたほうがいいのです。

◯このボロアパートに引っ越したら、今より家賃がいくら下がるかな〜。そしたらもっと働かなくてもよくなるな〜。とか考えながら歩くのが楽しいです。

◯5円チョコが嬉しかった時代のことを忘れないためにも、これからも自分のために買うことはないでしょう。

◯何もないっていうのは、大きな喜びもないかわりに、そんなにつらいこともなく、毎日淡々とゆるやかに笑っていられる生活です。

◯「今日何ができるか」と考えるよりも、「何はしなくてもいいか」と消去法で考えてみたほうが早いのかもしれない。

◯生活レベルをぐんぐん落とす

Pha『しないことリスト』(大和書房、2015)

Pha『しないことリスト』(大和書房、2015)

京大卒、「日本一のニート」こと現代の高等遊民Phaさんの人生論。

子供の頃からやる気がなく疲れやすい体質だったという著者は、新卒で一旦就職するも、毎日同じ時間に起きて出勤する暮らしに違和感を覚え、28歳のときに退職。無職のまま上京し、プログラミングしたりシェアハウスをやってみたりとゆるく暮らすことに。

収入は何分の一になったものの、自分の生活スタイルと体質にあった暮らしで人生のクオリティは上がったといいます。

アウレリウス『自省録』にもあるように、こういう暮らし方もある、と知り自分の「最低ライン」を下げることで、心理的に避難場所を持つことができそうです。

【本文より】

◯今はほとんどの「しなきゃいけないこと」を捨てて、自分のしたいことと生きるのに最低限のことだけをして、「あまり社会と関わらず、のんびりと毎日寝て暮らす」という、自分で考える限りで最高にラクな生活を送っている。

◯家が快適かそうでないかという問題よりも、家の維持費にお金を取られて労働しなきゃいけないほうがキツい。

◯「がんばるのは無条件でいいことだ」という精神論をまず捨てよう。がんばることもいいけど、それよりも一番いいのは「がんばらないでなんとかする」ということだ。

◯人生はそんなマゾゲーじゃない。大体、そういうことを言う人は、その人自身が「つらいことに耐えてがんばる」というのが好きなだけで、単に個人の性癖だ。

◯会社を辞めることを決断したのも、「辞めるなら早いほうがいい。この先何十年もこの会社で働き続けるなんて自分には無理だし、そんな先まで生きているかわからない。来月死んだら死ぬ間際に、今仕事をやめなかったことを後悔するだろう」と考えたのが決め手だった。

ヘンリー・D・ソロー、増田沙奈[訳]・星野響[構成] 『モノやお金がなくても豊かに暮らせる。」(興陽館、2015)

ヘンリー・D・ソロー、増田沙奈[訳]・星野響[構成] 『モノやお金がなくても豊かに暮らせる。」(興陽館、2015)


ソロー「森の生活 ウォールデン」を噛み砕いて解説したもの。ミニマリスト、シンプルライフの源流というべき山小屋ニートのソローさんの魂がみなぎっています。


ハーバード大を卒業後、教師や私塾経営を行うもの「なんか違う」との思いを捨て切れなかったソローはウォールデン湖畔の土地を購入、週末を使って自力で山小屋を建て、晴耕雨読の生活に。

必要以上の労働はせず、生きるために最低限いるだけのものを生産するというスタイルは現代の高学歴ニートに通じるものがあります。東洋的隠者の魂。

【本文より】

◯他人と同じものを欲しがるから貧しくなるのだ。

◯日没とともに終わる1日の仕事。年に三、四十日。それだけで人は生活できる。

◯紅茶もコーヒーも飲まなければ、それを買うために働く必要もない。

◯余計な富で買えるのは余計なモノだけだ。魂が求めるものを買うのに、お金はいらない。

◯その口の中に入れたものは、ほんものの食欲から食べたものなのか、偽りの欲から食べたものなのか。

◯貧しくなることを恐れて懸命に働くよりも、徹底的に金を稼がなくてもいい暮らしに切り替える。このことが、本当の豊かさに近づく方法なのだと、ソローは私たちに語りかけ続けている。

ソロー『森の生活(ウォールデン)』(岩波文庫、1995)

理想の隠者にして哲人ソローの随想録。現代のニート神phaさんに通じる知足安分の心を感じます。

教育者の理想としても語られるソローは、1830年代にハーバード大を卒業、地元小学校の教師となる。しかし体罰重視の方針に合わず、官を辞して私塾を開く。

やがて著述家として活動の幅を広げるとともに、著作に専念するためウォールデン湖畔の小屋で2年余りの隠遁生活に入る。

隠遁、観察と思索、ソローの得たもの。


【本文より】

◯なぜわれわれはこうもせわしなく、人生をむだにしながら生きなくてはならないのであろうか?腹も減らないうちから餓死する覚悟を決めている。今日のひと針は明日の九針を省く、などと言いながら、明日の九針を省くために、今日は千針も縫っている。

◯仕事といったところで、われわれは重要な仕事など、なにひとつしてはいないのである。われわれは舞踏病にかかっており、どうしても頭を振り動かさずにはいられない。

◯頭の仕事にしろ、手の仕事にしろ、花ひらく現在の瞬間を仕事のために犠牲にはしたくないと、たびたび思ったものだ。私は生活に広い余白を残しておきたいのだ。

◯私は東洋人のいう瞑想とか、無為という言葉の意味を悟った。たいていの場合、時間が過ぎていくことなど少しも気にならなかった。1日の時間がたつにつれて、かえって仕事の量が減っていくような気さえした。朝が来たかと思うと、たちまち夕べになっている。これといった仕事はなにひとつやりとげていない。私は鳥のように歌いこそしなかったが、自分のとぎれることのない幸運に無言でほほえんだ。
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望月もちお

Author:望月もちお
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