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塚本靑史『斗宿星』『裂果』

春秋時代末期のお話。

『斗宿星』は姜斉から田斉への転換、『裂果』は晋の三分の過程を描く。ほぼ同時代で共通する登場人物も多い。

同時代の作品を多く描く宮城谷氏よりも描写が細かく、知るほどに面白い作者。wikiを眺めながら読むと没頭できる。

■斉

封神演義にも登場する太公望呂尚が建国
覇者となった斉桓公や管仲・鮑叔、孔子と同時代の宰相晏嬰を輩出。

小説は26代目の景候(老齢)の時代から始まり、後に斉候の位を奪う太公・田和の祖先・田乞(釐子)、田常(成子)を中心に展開。

※田成子の諱は本来「恒」であるが、史記では同名の漢武帝の諱を避け「常」に作る。本書でもこれを採用している。

物語では田乞は深慮遠謀の人に描かれ、著名な「大きな枡で貸し付け、小さな枡で回収」「晋の中行氏に穀物を援助」など経済力をもって成り上がっていく。

悼公・陽生の没後の混乱を収め、その子である簡公・壬を擁立、上級大臣たる卿の身分を得て筆頭大臣として簡公・壬の信任を得る。

同時に、持ち前の経済力に加えて晋から亡命した元六卿の中行寅、范吉射の軍を私兵として養い、兵力をも併せ持つ。

簡公・壬は擁立の過程で反抗的だった鮑牧に辛く当たり、これが元で殺される。
遠謀の士・田乞は、鮑牧を気の毒がる息子の田常を諌め政界遊泳を語る。
「候が鮑牧に辛く当たっているうちは、他の者に害が及ぶことはない。また静観していても鮑牧の恨みが向く先は候であって我らではない」

その子である平公・驁が跡を継ぎ、田乞没後の田常が卿となるが今度は平公が田常に辛くあたる。

 

■晋

周成王の弟、唐叔虞か始祖。
24代の文公重耳が斉桓公に継いで覇者となるも、28代景公による対楚敗戦、その子29代厲公の殺害により公室の力は低下、大夫たちの権力バランスの上に乗る構図となった。

物語は35代出公 ・鑿の時代から。
晋国内は各氏族の争いを経て、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の六卿が実権を握る。

趙無恤(襄子)を主役に進行。

父・趙鞅が勢力の拡大を狙って国外と交際していることを嗅ぎつけた有力卿の中行氏・范氏が謀反を騒ぎ立て趙氏を攻めると、智謀により晋公を味方につけ、逆に中行氏・范氏を追放させる。

この後、中行氏・范氏の元領地を智氏・趙氏・韓氏・魏氏の四氏で山分けにしたところ出公は怒り、他国の救援を頼んで四氏を討とうとするも敗北、亡命途中に没する。ここにおいて公室の求心力はさらに低下する。

最も勢力の大きかった智氏は、理由をつけて他の三氏に領地の割譲を求めるなどやりたい放題。三氏とも時機を待って割譲に応じつつけるが、ついに智氏は韓氏・魏氏を引き連れて、趙氏の本拠を囲み水攻めを実行、滅ぼそうとした。

趙氏は春秋時代の虞公の故事を引き 「唇亡びて歯寒し」と、韓氏・魏氏に利害を説き、返って連合して智氏を討ちその領地を三分し、ほぼ独立大名となった。

智氏がとにかく勢力を笠にきた意地の悪いと描かれており、最後の場面では怒り心頭の趙無恤がその頭骨を漆塗りの盃にして一族で回し飲みする様子が描かれる。
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金一勉『朝鮮人がなぜ「日本名」を名のるのか』(三一書房、1978)

金一勉『朝鮮人がなぜ「日本名」を名のるのか』(三一書房、1978)

朝鮮生まれの評論家が戦前から刊行当70年代までの「朝鮮人」のありようを語ったもの。自身朝鮮人であるとの誇りを持ち、その立場から堂々と朝鮮人らしくあれ、擬似日本人になるな、と呼びかけています。

明治時代の日本に亡命した朝鮮知識人、併合後の朝鮮人労働者、「創氏改名」、日本の敗戦と朝鮮の解放、帰化、芸能、2世3世の同化傾向と幅広のテーマを取り扱っています。

著者は民族をひとくくりに朝鮮人としていますが、歴史的にはややこしいところで、帝国時代に朝鮮籍であった者が韓国成立後に韓国戸籍に記載されると「韓国」籍となりましたが、手続きせずそのまま「朝鮮」籍となっている者も現存します。北朝鮮国籍ということではなく、いわゆる大日本帝国の朝鮮戸籍に記載のあった者であり、事実上、無国籍の状態です。

本書では就職先に戸籍を提出できずに大手に入社できない、などのエピソードが出てきますが、現代でも事情はかわらず、戸籍がないと身元証明書が発行できず役所で揉めたり、会社に韓国籍だと知られたくないから住民票の本国名を消せともめたり根が深いものです。

危なげなタイトルですが、きだみのる「きちがい部落」シリーズと違って図書館で貸出禁止にならない理由があります。

政治色が強く、日本人評論家がなかなか言及できないテーマですが、著者は同胞とあって自己の見解を明言しています。

【本文より】

◯在日朝鮮人が、「日韓併合」以来、その奪われた民族の主体性を取り戻すための一つの方法として、日本名(通名)ではなく、朝鮮名(本名)を名のるというのは本質的に正しい。」

◯在日朝鮮人の「日本名」 − その極端な場合は、当人が朝鮮人(あるいは韓国人)でありながらも日本人のように振舞うことさえある。それ故に外見だけで朝鮮人(韓国人)だか日本人だかわからないこともある。つまり、二つの顔を持った怪しげな存在となる。[中略]それだけに、それは二重写しのぼやけた人間像として曖昧な謎を残したり、情況によっては偽称の種になったり、変身の隠れみのにもなるのだった。

◯芸能評論家の某氏は言っている。「ファンは張本勲選手や吉屋潤が『朝鮮人』だからといって、差別や偏見の目では決して見ない。そのプレーに日本人と同じ声援を送っている。かれらは朝鮮人であると主張することによって、差別や偏見とは無縁の、日本人と同じところに生きているのである。そのひとことからもわかるように、日本人の大部分は、朝鮮民族に差別感情など抱いていない。ただ、かれらが誇りを棄て”擬似日本人”になろうとするとき、うさんくさい目を向けるだけである」

◯日本の進歩的な評論家・竹中労は、朝鮮人の若者たちの自己喪失の姿に対して、次のような痛烈な忠告を述べている。
 「差別と偏見、それは、君たちが朝鮮人として、より正確に言えば擬似日本人として、私たちの国に生きているためなのだ。…くりかえして言う。同化しようとすれば、かえって差別は深刻になるばかりだ。朝鮮人であることを隠したり、日本人もどきの朝鮮人であろうとすることは、自らの劣等を認知することである…」

岡谷公二『原始の神社をもとめて』(平凡社、2009)

東大文学部で美術史を選考した著者は大学教授として美術を講ずる傍ら柳田國男、民俗学の研究にも着手。古神道の面影を残す沖縄のウタリに魅せられ、半世紀にわたる沖縄通い、やがてその源流を韓国済州島に見出す。

1929年生まれの著者が80歳で纏め上げた新書、「原始の神社」を求め沖縄から済州島へ。古代史における新羅、百済の影響。

伊勢神宮との関連について言及した箇所が特に興味深く、論文もいくつか紹介されているのでこれを起点に研究を深めるのも面白そうです。

神宮近く、五十鈴川に沿う韓神山は神官の墓地だったところで、大正時代までは古墳が残っていたそうです。


【本文より】

○天武天皇は、その出自を新羅の王族とする説が出るほど、新羅に近い天皇であった。壬申の乱を、天智天皇の実弟と第一皇子との皇位継承をめぐるものとする従来の説を否定し、新羅の勢力をバックとする大海人皇子と、百済の勢力をバックとする大友皇子との戦いとする大和岩雄氏の説(『古事記と天武天皇の謎』)は、きわめて説得力がある。この説が正しいなら、壬申の乱後、天武朝において、新羅の文物が多くの分野に入り込んだことは十分考えられることで、伊勢神宮も例外ではない。

安能務『封神演義(上)』(講談社、1998)

香港大学卒で旧軍での兵役経験ありとも称する伝統知識人、なおかつ儒家嫌いの安能先生が中国の通俗小説をサカナに好き勝手に語ったもの。

マンガになったことからこの封神演義が特に知られていますが、他の著作も読ませます。

殷の紂王にからむ仙人の描写にその価値観がにじみます。


【本文より】

「朕を天子と承知で、 平伏もせず、ぞんざいな口をきいておるのか?」
「人々は天子を尊び、われらは道(タオ)を尊ぶ」
「その道とは?」
「これが道だ、と言えるものはなく、名も形もない」
「ならば知りようがないではないか」
「いや、知る人ぞ知る」
「知って、なんとする?」
「老いず、死なず、煩いもない」
「それだけでは、楽しみがないではないか」
「混沌に身を任せ、自然と戯れる楽しみは、格別である」

宮城谷昌光『三国志 外伝』(文藝春秋、2014)

宮城谷三国志の補遺。韓遂、鄭玄、陳寿など人物を取り上げ語ったもの。

なかでも、「三国志」著者の陳寿を取り上げた部分が秀逸で、古代中国の史観、史家の誇り、知識人の魂が描き出されています。
陳寿の父は馬謖の副官として罪を受け、官を追放されて逼塞。しかし学問に志した息子陳寿のためツテを辿って高名の学者に弟子入りさせる。結局、官途には恵まれない陳寿であったが、晩年は晋に招かれ「三国志」を完成させる。


【本文より】

◯史家には、もともと、
「天職」
という思想がある。朝廷に任命された記録官が、史家というわけではなく、天命を承けた者だけが、本物の史家である。史家だけが天と問答をすることができる。

◯さずけられた治書侍御史という官は、法官であると想えばよい。この官にあって、陳寿が快適さをおぼえるはずはなかった。だが、不満を色に出すほど、かれの精神は幼稚ではない。黙々と勤務した。ただし同僚とのつきあいは良いほうではなかった。
― 偏屈な男だ。
と同僚からみられたことであろう。だが、たとえ同僚から白眼視されても、鴻鵠の志をもった者が、燕雀とたわむれているわけにはいかないのである。
プロフィール

望月もちお

Author:望月もちお
モチ好きな祖父に名付けられた本名です。

手ぶら通勤おじさん

SFと古典
ポケモン&ガンプラ


2017.10 ガンプラに目覚める。ミニマリスト廃業。
2017.5  ミニマリストに目覚める。
2004〜プリストンテールやってました。2009がピーク。

ガンプラ・ゲーム垢 https://twitter.com/moccinag
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