ミニマリストと隠者

中国の古典だと思いますが、「大隠は市中に住まう」というのがあります。


人里離れた山奥に引きこもるのはまだまだ隠者としてはレベルが低く、やかましい街中に身を置いてなお平静を保ってこその隠者。あるいは「隠者」と悟られないのがまことの隠者だとかそういうことなのでしょう。


現代のミニマリスト界隈だと、
山中派=ナリワイ、古民家
市中派=大手リーマン、(一見)社畜
といったあたりでしょうか。

社畜をしながらも己の思想を持ち続けるのが大隠、とのひねくれ。これぞ中国哲学。


目新しいのがPT、ノマド、ライフパッキング系統で、「移動し続けること」を前提にしたのは「隠者」概念にははまらない感じがします。


これを広めた白居易の理想は「中隠」。窓際族で暇すぎず忙しすぎず。都市型ミニマリストのはしりかもしれません。大原ヘンリーさんとか、必要最低限の労働とミニマムな暮らし。


「大隠は朝市に住まい、小隠は丘樊に入る。丘樊は太だ冷落、朝市は太だ囂諠。如かず中隠と作って、隠れて留司の官に在るには」


中外日報さんの2013年社説に解説がありました。元の詩とそれを踏まえた白居易の詩
http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2013/1026.html
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