山本貴光編『サイエンス・ブック・トラベル』(2015.3)

山本貴光編『サイエンス・ブック・トラベル』(2015.3)を読む。

編集者が各分野の科学者、作家に働きかけてサイエンス本の書評をとりまとめたもの。

評者の書物愛、知識人ぶりにしびれます。研究者、翻訳家、作家と生業はさまざまでも知識人としての生き様は共通するようです。

伝統中国では官吏=読書階級=知識人という構造がありました。古き良きお役人さまとして、この心を持ち続けたいものです。

【本文より】
◯宇宙を研究することは、何ページあるかはかり知れない「書物」を読むことに似ている。この「書物」は表紙がどこにあるのかも知れず、どこに終わりがあるのかも分からない。宇宙の研究によってその1ページ、あるいは数行を解読することができれば、研究者として大変な幸せというべきかも知れない。(福井康雄・名大宇宙観測センター長、国立天文台『理科年表』を評して)


◯知識量が乏しかった黎明期には、科学はわずかしかないピースを紡いで生み出される。そんな世界には、しばしば美しさが宿るものだ。知識が足りないがゆえに生み出される美である。しかし科学は進歩すればするほど、その姿は美しさからかけ離れたものになっていく。(大河内直彦・海洋研究開発機構分野長、カルビン『化学進化 宇宙における生命の起源への分子進化』を評して)


◯彼(著者のニールセン)の自伝『ラクダの鼻』はこんな文章ではじまる。「学校の主な機能は、子供たちに疑問をもたせないだけの知識を与えることだと言われてきた。学校がそれに成功しなかった子供が科学者になる」。子供は「なぜ?」と問うものであり、それを問わせなくするのが学校というもの。シュミット=ニールセンは生涯、なぜ?を問い続けた人だった。(生物学者本川達雄、ニールセン『動物生理学』を評して)
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