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懐奘『正法眼蔵随聞記』(山崎正一校注・訳、講談社文庫、S47)

懐奘『正法眼蔵随聞記』(山崎正一校注・訳、講談社文庫、S47)を読む。

道元の高弟が師の教えを書き記したもの。道元さんまじパネェっす!という弟子の誇りが溢れる作。

校注の山崎先生は長きにわたり東大で比較哲学を講じられ、刊行当時すでに名誉教授になっておられます。

作りは論語のようなもので、「道元禅師が教え示して言われた、云々」という組み立て。禅師たちのエピソードが下地となっており、校注を読んでいくだけでも愉快です。

【引用】

◯いま出家者として仏門に入り、僧の道に入るならば、ぜひともその業を習わねばならぬ。そのやり方を守るというのは、我執をすて、師の教えに従うことをいう。その大切な点は、むさぼりの欲をなくすことである。むさぼりの欲をなくそうと思うなら、まず自分というものから離れなければならぬ。自分というものから離れるには、無常を観ずること、これが第一の心得である。

◯禅師は教えて云われた、
悟りの道を学ぶ者は、自分のために、仏法を学ぶのであってはならぬ。ただ、仏法のために、仏法を学ぶのでなければならぬ。

◯教え示して言われた。
みほとけたちも、祖師たちも、みなもとは凡夫であったのだ。凡夫の時は、かならず悪い行いもあり、悪い心もあった。にぶくもあり、愚かでもあった。さりながら、皆それを改めて、立派な師匠に従い、仏法の教えにより修行したから、みな、ほとけとなり、祖師となったのだ。今の人も、そうならなくてはならぬ。自分が愚かであるからとか、自分はにぶいからとかいって、卑下してはならぬ。この世に生きてあるうちに志を立てなかったなら、いずれの時に志を立てるというのか。
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