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宇野哲人『論語』(中国古典新書)

宇野哲人『論語』(中国古典新書)を読む。

最後の儒者にして清国への留学経験を持つ東大漢学教授の宇野先生による論語解説。昭和42年の刊行。

高校漢文では論語=儒教=統治者の心構え、とまことに簡単な解説が付されますが、のちに老荘の学が儒教への批判として興ったとおり、老荘的隠者につながる思想も秘めております。

この観点でつまみ食いした場合の大筋は、学問をするものが衣食や住まいに心を煩わせてはならぬというもので、孔子とその高弟たちの口を借りて随所で語られます。

◯君子は食、飽かんことを求むる無く、居、安を求むる無く、事に敏にして言を慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂ふべきのみ。(学而第一)

◯賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人、其の憂に堪へず。回や其の楽しみを改めず。賢なるかな回や。(雍也第六)

(路地裏の奥の貧乏暮らし。他の人なら悲しくてたまらないだろうに、顔回は悠然として道を楽しんでいる。実に賢なるかな。)

◯〔宇野先生コメント〕昔の学者は、やはり自分の修業ということについてそういうふうに考えたわけでしょう。「悪衣悪食を恥ずる者は与に謀るに足らず」というようなことをいわれたもの、やはりこれと関係があるようです。

◯疏食を飯(くら)ひ、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみも亦(また)其の中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し。(述而第七)
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