岡谷公二『原始の神社をもとめて』(平凡社、2009)

東大文学部で美術史を選考した著者は大学教授として美術を講ずる傍ら柳田國男、民俗学の研究にも着手。古神道の面影を残す沖縄のウタリに魅せられ、半世紀にわたる沖縄通い、やがてその源流を韓国済州島に見出す。

1929年生まれの著者が80歳で纏め上げた新書、「原始の神社」を求め沖縄から済州島へ。古代史における新羅、百済の影響。

伊勢神宮との関連について言及した箇所が特に興味深く、論文もいくつか紹介されているのでこれを起点に研究を深めるのも面白そうです。

神宮近く、五十鈴川に沿う韓神山は神官の墓地だったところで、大正時代までは古墳が残っていたそうです。


【本文より】

○天武天皇は、その出自を新羅の王族とする説が出るほど、新羅に近い天皇であった。壬申の乱を、天智天皇の実弟と第一皇子との皇位継承をめぐるものとする従来の説を否定し、新羅の勢力をバックとする大海人皇子と、百済の勢力をバックとする大友皇子との戦いとする大和岩雄氏の説(『古事記と天武天皇の謎』)は、きわめて説得力がある。この説が正しいなら、壬申の乱後、天武朝において、新羅の文物が多くの分野に入り込んだことは十分考えられることで、伊勢神宮も例外ではない。
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